建物賃貸借契約の解約時にルームクリーニング代を請求された。
ルームクリーニング代の請求が来た
この度、住んでいるアパートを解約することになりました。解約申し込みをすると、管理会社から退去費用の支払い請求のメールが届きました。退去費用は下記のように書かれていました。
ルームクリーニング費用(税込):46,200円
エアコンクリーニング費用(税込):16,500円
畳表替え費用(税込):0円合計(税込):62,700円
あれ!?クリーニング代って賃貸人が負担する者じゃないの!?と思って調べてみました。
民法の原則
賃貸借契約において、賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を現状に復する義務を負います(621条本文)。つまり、建物の賃借人は建物に損傷が生じた場合には、原状回復する義務があります。
しかし、これには2つの例外があります。
まず、通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化(通常損耗、最判平17・12・16判時1921-61参照)は原状回復の対象外となります(621条本文かっこ書)。居住用建物については、居住によって通常生ずる壁の傷や汚れについては賃借人が原状回復する必要はなく、賃貸人が負担することになります。
もう一つは、賃借物の損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃借人は原状回復義務を負いません(621条ただし書)。
賃借人は、汚したり傷つけたりせずに使用して退去時に丁寧に掃除すれば、それは通常損耗として原状回復義務を負いません。このような場合の部屋全体の専門業者によるクリーニング費用は、次の入居者を確保するための費用として賃貸人が負担しなければなりません。そうすると、通常の清掃を行っている限り、賃借人はハウスクリーニング代を支払わなくてもよいのが原則です。
しかし、建物の賃貸借契約では、クリーニング代を賃借人の負担とする特約が入れられていることが一般的です。
クリーニング特約
実際に、私の契約書の別紙に以下の通り記載されていました。
これによれば、原状回復の一般原則とは別に賃借人による費用の負担を合意しています。
その内容をみると、まず、「②使用状況・清掃状況に関わらず、必ずご負担いただくもの」として、「エアコン洗浄15,000円/台」とあります。私の部屋には1台エアコンが備え付けてありましたので、1台分の15,000円(+税)を請求されています。
次に、同じく「②使用状況・清掃状況に関わらず、必ずご負担いただくもの」として、「退去時清掃費用」が請求されています。⑴費用の表を見ると、間取りごとに値段が設定されています。私の家は1DKなので、42,000円(+税)を請求されています。
そうすると、私は契約において、エアコン洗浄費用15,000円(+税)および退去時清掃費用42,000円(+税)を退去時に支払うことに合意したことになります。契約書にサインしてしまったのでどうしようもないのでしょうか、、、。
クリーニング特約の有効性
賃貸借契約の締結においては、賃貸人が作成した契約書に、賃借人がサインをして締結することが一般的です。契約書内のクリーニング特約は、契約書作成者である賃貸人に有利作成される一方、賃借人は締結時には賃料や初期費用に注目して退去費用を見落としがちです。したがって、賃借人にあまりに不利な場合には特約が無効となる場合があります。
判断基準・考慮要素
クリーニング特約の有効性は、以下のような点を考慮して判断されます。
- 賃借人が負担すべき内容・範囲が示されているか
- 本来賃借人負担とならない通常損耗分についても負担させるという趣旨及び負担することになる通常損耗の具体的範囲が明記されているか或いは口頭で説明されているか
- 費用として妥当か
有効とされた例
東京地判平成21年9月18日の事案では、ハウスクリーニング費用2万6250円を負担する特約(清掃費用負担特約)について合意が成立したか、合意が成立していたとしても消費者契約法10条に違反して無効ではないかが問題となりました。裁判所は、
- 契約書等には賃借人が契約終了時にハウスクリーニング費用2万5000円(消費税別)を賃貸人に支払う旨の記載が存在すること
- 説明書には費用負担の一般原則の説明の後に、「例外としての特約について」と題して、賃借人が契約終了時にハウスクリーニング費用2万5000円(消費税別)を賃貸人に支払う旨せつめいされており、通常損耗分も賃借人負担となる趣旨及びその範囲が説明されていること、仲介業者が口頭で説明したこと
- クリーニング費用が賃料月額5万6000円の半額以下であること、専門業者による清掃費用として相応な範囲のものであること
を認定したうえで、1および2からクリーニング特約について明確に合意しており、3から消費者の利益を一方的に害するものとはいえず、無効ではないと判断しました。
無効とされた例
東京地判平成21年1月16日の事案では、(畳の表替え等や)「ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する」旨の契約条項の有効性が問題となりました。裁判所は、2の観点から、その条項は一般的な原状回復義務について定めたものであり、通常損耗等についてまで賃借人に原状回復義務を認める特約を定めたものとは言えないと判断した。
私の場合は?
- 契約書には明確にエアコンクリーニング費用15,000円、退去時清掃費用42,000円と明記されており、
- 一般原則に対する例外としての特約として明記しており、その下にサインもある。しかし、仲介業者による口頭の説明があったか。
- 月額賃料50,000円の1DKに対して42,000円のクリーニング費用は妥当か。
1については負担の内容・範囲が明確に示されており、争えないでしょう。2については、重要事項説明書にクリーニング費用の記載はなく、仲介業者による口頭の説明があったという記憶はないので、争う余地があります。しかし、契約書上の特約の記載の真下にサインしている以上、説明があったと認められてしまうのではないでしょうか。
3については、東京地判平成21年9月18日が月額賃料の半額を相当の範囲内としたものであるが、私の場合のクリーニング代42,000円は月額賃料50,000円の8割を超えている。もっとも、東京地判は相当の範囲を明確に示したものではなく、月額賃料の8割であっても相当の範囲内とされる余地は残っている。
ハウスクリーニング代の相場は、空室の1DKであれば22,000~25,000円とするサイト*1もあれば、40,000~80,0000円とするサイト*2もありましたが、おおよそ3万円前後が相場といえそうです。
エアコンクリーニング代の相場は、壁かけタイプ1台を分解しない洗浄で8,000~90,000円ですが、分解洗浄だと22,000もかかるようです*3*4
これらの費用はクリーニングの内容や時期によっても変化するため、一概に決めることはできません。
ここで大事なのは、月額賃料50,000円の1DKの建物の賃貸借契約において、ハウスクリーニング代とエアコンクリーニング代を合わせて57,000円を請求する特約が、消費者の利益を一方的に害するものといえるかどうかです。ちょっと高すぎない???
参考資料